愛情表現
其処へ向かう私の足取りは、スキップでも踏みたいほどに軽やかだった。
新しく買った花柄のスカートは ひらひらと風に踊り
いつもはジーンズの下に隠れている足も、気持ち良さそうに見える。
このスカートをお店で見つけた時から、私の行き先は決まっていた。
喜助さんに見せたいな、彼は何て言うかしら?
商店の前に着くと、いつものようにジン太くんと雨ちゃんが店の前で遊んでいた。
「こんにちは〜!」
いつもより、少し明るめの声で挨拶をしたのに
「あ・・・」
「あ・・こんにちはさん」
二人ともどことなく、いつもと違う雰囲気。だけど私はそんなことお構いなしに
「喜助さん、居る?」
と思いっきり笑顔で聞くと
「あ、あ〜居る、居るけどえっとー」
ジン太くんは難しそうな顔をして、雨ちゃんは心配そうな顔をしていた。
何かマズいことでもあるのかしら?
「どうかしたの?喜助さん・・」
「いやぁ、どうもしない。店長はどうもしない」
ジン太くんったら変なの
そんなやりとりをしていると、店の奥から楽しそうに笑う喜助さんの声がした。
なんだ、喜助さん機嫌良さそうじゃない・・・
「私、ちょっと上がるね」
そう二人に言うと、急いで店の中へ入り靴を脱いだ。
と、その途端、奥の部屋から聞いた事の無い女性の声がして
私の足は固まって前に進めなくなってしまった。
誰?
どうしよう・・・・
先程までの熱い気持ちは、水を指された様に一瞬で消え
まるで自分が悪いことでもしたかのような 妙な焦り
心臓は引っくり返りそうになってる。
そして私は再度靴を履くことも、奥に進むことも出来ずにその場に立っていた。
「またな、喜助」
「はぁ〜い、また」
そんな二人のやりとりが聞こえ、その女性が喜助さんの部屋から出てくるのが見えた。
喜助 ・・・ 呼び捨てする仲なんだ
彼女は廊下に突っ立っている私を見ると ニヤリと笑い
その褐色の美女を間近で見た私は、地の底にでも落ちていくような気持ちになった。
「おや、サンいらっしゃ〜い」
喜助さんは障子の向うから顔を出し、相変らず機嫌良さそうに 私に声をかけた。
本当はその場から逃げてしまいたかったのだけど、動けなかった私が悪い。
「こ、こんにちは」 ちょっと上ずった自分の声に気付き焦る。
「どうしちゃったんスかぁ。固まっちゃって」
「いえ、その・・・なんでもないです」
そうッスか?なんていつものように軽く笑うけど
私ときたら、頭の中がぐちゃぐちゃで、喉まで出掛かってる言葉が出ない。
彼女は誰?
喜助さんの何?
しかも、私は精一杯平常心を装いながら頑張っているのに
喜助さんは楽しそうにふふんと笑って
「マズイとこ、見られたッスねぇ」
チクリ・・・ とんでもない事を言う
「何、がデスカ?」
私の心の動揺は、どう頑張っても隠し切れなかったようで、声が少し震えてた。
「気になります? 彼女のこ・と」
「べ、別に・・」
「あれぇ?そのわりには声、震えてませんかぁ?」
どうしてこんなにイジワルなんだろう
どうしてこんな人、好きになっちゃったんだろう
今更後悔したって仕方の無いことにまた、後悔する。
「だって、私と喜助さんはそんな仲じゃ・・」
「そうッスよね・・・」
そして、これ以上無いぐらいに凹んだ私に
「今日のさん、何時もと雰囲気が違うッスね」
そう言われてハッと此処に来たわけを思い出した。
そういえば今日、私は珍しくスカートを履いているんだった。
そのスカートを喜助さんに見てもらって
可愛いッスね・・・ そんな言葉を期待していたんだっけ。
なんだかそんな自分がとっても情けなくなって、スカートを隠すように手で押さえた。
「もしかしてアタシに、生足見せに来てくれたんスか?」
「生足っ!いやその〜」
「あぁ、わかった。サンも結構やらしいですねぇ」
「な、何ですかそれは・・・」
「アタシで良ければ、教えてアゲマス」
じりじりと近づいて来る。
ちょっと待って!
こんな展開は予想していなかっただけに
私は 妙にあたふたと、いやモジモジと
そしてたぶん、顔は真っ赤で
そんな私に追い討ちをかけるように喜助さんが言った。
「そんなにアタシのこと好きッスか?」
「なっ!・・・・」
反論しようと顔を上げると
喜助さんの両手は私の顔をそっと包み込み
あ・・・・・
むきゅ、とほっぺたを抓られた。
「いたぁ」
「あ、ごめんね、ついー」
「つい? 酷いよ、酷いじゃない!」
今まで我慢していた涙が一気に溢れ つーと頬を流れた。
「もう、絶対来ない。喜助さんのバカっ」
そう言い捨てると、私は商店を飛び出した。
何やってんだろう私ったら
あんな綺麗な恋人がいることも知らないで
いったい何を期待していたんだろう
可愛いって言ってもらえるもんだと信じてたなんて
一人公園のベンチで、ぼんやりと下を向いていたら
さっきの美女と喜助さんの顔が浮かんできて
まだ少し痛む頬から、ぽつん・・・可哀想なスカートに透明な染みが出来た。
と、同時に目の前に広がる小さな影に視線を向けると
黒い猫がこちらを見上げている。
「おぬし、、、確か喜助の・・・」
いきなり喋りだす猫に、ビクン!! と体が震えたが
「喋れるの?猫ちゃん」
今の私には、先程以上の衝撃は無いようだ。
「どうした?泣いておるのか?」
「うん、ふられちゃったのよ」
「おぬしが? ちぃと訳を聞かせてくれんかの」
そう、気分は例え相手が猫ちゃんだろうが、この居た堪れない気持ちを吐き出したかった。
「あのね、私が好きな人には凄く綺麗な恋人がいたの。
しかも今日の私の格好を見て彼はね、褒めてくれるどころか・・・ほっぺたをぎゅって抓ったのよ」
喋りながらもまた ぽたり・・涙が落ちた。
「あーっはっはっはっ・・」
声も高々に笑い出した猫ちゃんは、すまぬ、すまぬと猫なりに笑いを堪えながら喋り出す。
「喜助に意地悪されたんじゃな」
「え?喜助?」
「そうじゃよ。その麗しい美女は、わしじゃ」
いったい今日は何の日なのか、私の頭は正常に起動しているのだろうか
そんなことを思うしか無かった。
そして猫ちゃんは、喋る。
「なぁおぬし、愛くるしいもの、そうじゃなぁ、例えば赤ん坊が微笑む姿を見たら、おぬしならどうするかのう?」
確かにわけはわからなかったけど、それでも私は大真面目に答えた。
「どうするって、えっと・・可愛いから撫でたり、キスとかしちゃう、かも」
「そう、それが普通の人間じゃ」
「喜助は捻くれておるからのう、奴なりの愛情表現、なんじゃよ」
愛情表現・・・・?
そんな時、向うの方からカランカランと下駄の音がして
喜助さんが早足でこっちへ向かってくるのが見えた。
「サ〜ン、探したッスよ〜」
そして、彼女(猫ちゃん)に懐疑心たっぷりに一言
「夜一さん、サンに余計なこと言ってないでしょうね」
「さぁ、どうだったかのう。しかしお前も 進歩の無い奴じゃ」
彼女は笑って去って行った
そのしなやかに揺れる尻尾を見て
喜助さんの部屋で見た、あの褐色の美女の長い黒髪と重なった。
そういえば子供の頃 ---------
よく私の髪を引っ張って、意地悪してきた男の子。
いつも私を泣かせていたくせに、私が他の子に泣かされると
すっ飛んできて私を守ってくれたあの男の子を、ふと思い出す。
そして私の隣で、ばつが悪そうに笑う、この不器用な大人が何とも愛おしく思えた。
「サン、さっきはその、、、」
「もういいんです」
「サン見てるとついね、意地悪したくなっちゃうんスよ」
さっきの彼女の言葉を思い出し、ふと笑う。
「いいんですよ、もう」
「だけどその〜、スカートは止した方がいい」
「・・・・・」
「そんなに綺麗な足なんだ。アタシ以外の男が見るなんて許せませんから」
「どうして?恋人でもないのに」
今度は私が意地悪する番。さぁ、あなたは何て言うのかしら
「・・・ サンはアタシのもんですから」
それは好きってことですか?
「サンには、いつも笑顔でいて欲しいんスよ。アタシの傍でね」
あぁ、こんな言葉じゃ駄目っすねー、そうやって苦笑いをする喜助さんに
「いいよ。許してあげる」
喜助さんの差し出した手を 躊躇うことなく握り返せば
きゅっと大きな手が包み込む。
もしかしたら、好きよりもっと素敵な言葉を聞けたのかな。
少し乾いた秋の風を、胸いっぱいに吸い込めば
込み上げるものは、ふんわりと温かい。
そして私は繋いでいた手を離し、彼の腕に自分の腕をそっと絡めた。
3万打感謝リクエスト・・大好きな諒介さんへ