痛い・・・・・



右の足首がズキズキと痛み出して、私は思わず地面にしゃがみ込んだ。

町へ買い物へ出た帰り道、つい遅くなって慌てていたとはいえ

あんな近道するんじゃなかったと、今更ながらに後悔しては足を擦る。

挫いてしまった右足を引きずるように ここまで歩いて来たけれど

もう私の右足は限界に達しているようだった。あぁどうしよう・・・

それでも夕闇の迫る空を見ると気が焦った。

村までもう少し、頑張ろう

そう思い立ち上がった時、後ろの方から良く知った声がした。






殿!どうしたんです?」


「あ、ヘイハチ様。こんにちは」

「こんにちは。と、それより・・・」

「あっ、その・・町まで買い物に行っておりました」


「いえ、その足ですよ」



ヘイハチ様の視線は真っ直ぐに私の右足に注がれている。

それもそうだ、引きずる様に歩いている様は 一見しておかしいとわかる。

その姿はかなりみっともないものだっただろう。恥ずかしい。



「ちょっと挫いてしまって・・」


照れ隠しに笑って見せたものの、ヘイハチ様は眉間に皺を寄せ



「まさか、その足でここまで歩いてきたのですか?」


「あ・・・はい」


よりによってこんな姿を見られていたなんて、恥ずかしさに顔が熱くなる私。

ヘイハチ様はといえば、何かを考えるように腕組をしている。そして

うーんと一度唸ると、くるっと背を向けて私の前にしゃがみ込んだ。




殿、どうぞ乗って下さい」


はい? 

背を向けられて乗って下さいと言われれば

それはおぶってやると言う意味しか無いだろう。

だけどそんな事、出来るわけがない。


「そんなっ! できません」


「どうしてですか?」


「お侍様におぶってもらうなんて、とんでもない」


「何言ってるんですか、この状況で侍も何も無いでしょう?」


「でも・・・でも・・」


もじもじとする私にヘイハチ様が言葉を続ける。


殿は怪我人。余計な心配は無用です」





いつまでもその態勢を崩さないヘイハチ様の背中が 早くと急かしているようで

私は思い切ってその優しさに甘える事にした。

この方は優しい。

けれど、意外と頑固なところを持ち合わせているのも知っていたから

断ったところで、そうですかとは引いてくれないだろう。



「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」


「どうぞ〜 乗り心地の保証は致しませんが」


私は恥ずかしさを抑えて そっとヘイハチ様の背中に体を重ねた。

よいしょと言う掛け声をかけて立ち上がるヘイハチ様に、恥ずかしさが込み上げる。



「あの・・・重いでしょう?」


「なんのなんの。任せて下さい」














ヘイハチ様が一歩歩くと、その振動が背中を伝わって 私の体を揺らす。


まるで二人の体が繋がったように 同じ振動を体に感じて

それまでドキドキと落ち着かなかった心も 緊張で硬くなっていた体も 

暫く歩くうちに 次第に解されるように柔らかくなっていく。


誰かにおぶってもらうなんて、子供の時以来だな

それがまさか ヘイハチ様の背中だなんて・・夢みたい





けれど、歩きだしてからのヘイハチ様はいつになく無口だった。

それもそうだろう、ヘイハチ様はただでさえ重い工具を装備しているというのに

その上私をおぶって歩いているんだ。



「あの・・大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です〜」


「本当にすみません」


「いえいえ、お役に立てて何よりです」



その優しさが心に染みる。優しいなぁヘイハチ様は


だから私はこの方が・・・



いつのまにか 恥ずかしいという気持ちは消え

その大きな背中に 安堵感すら覚えていた。


夕焼けを背に受けた私達の影は 一本道に長く伸び その存在を主張する。


ヘイハチ様の背中は 広くて大きくて とっても温かい。 


服越しにでもわかるその体温が 

時折風に吹かれてなびくその髪が

こんなにも近くで私に触れる 

ヘイハチ様の匂いがする・・・



その全てが愛おしくなって、肩に添えていた手を首の方に回すと

それまで浮かせていた胸を、その背中にそっと預け 目を閉じた。






















「ヘイハチ様? あの・・ここまでで結構です」

暫く歩いた塚の前で、私は声を掛けた。もう村が見える。


「ん? 村の中まで送りますよ?」


「いえ、こんな姿を見られては、私が皆に怒られますので」


ヘイハチ様は困ったように笑うと、殿が叱られては困りますからと

その場にゆっくりとしゃがんでくれた。

それを合図にそろそろと地面に足を降ろし、お礼を言って立ち上がる。

それまで背中に居たというのに、こうやって顔を見ると恥ずかしさが蘇った。

私は何て大胆な事をしたんだろう

そしてヘイハチ様も何も言わない


お互いに何となく視線を外して そこにある岩に腰を掛けた。

ヘイハチ様はまだ心配そうに私の足を見ている。



「本当に大丈夫ですか?」


「はい、ここなら家もすぐですし・・すみません」



「いやぁ、実は助かりました。もうそろそろ限界だったので」


そういわれて顔がカッと赤くなる。私の体重が重かったんだろう。



「すみません、重かったですよね。図々しく甘えてしまって」


「否、そうじゃありません」










「私も男だってことですよ」








自分の胸が小さく音を立てるのが聞こえたような気がした。

その意味がわからないほど 私は鈍くはない。




「暫くの間は、足を大事に。用事がある時は私を呼んで下さい」


「はい・・・?」


「いいですか? 私以外の男に頼んだりしたら、駄目ですからね」






そしてまた 私の胸は音を立て、顔は火照りだす。

きっと心までこの夕陽の色のように染まっているだろう。







ちらりと盗み見たヘイハチ様の横顔もまた 茜色に染まっていて ・・


それが 暮れ出した夕陽のせいだけでは無いんだと思うと


私は嬉しくてたまらなくなり 思わず小さく微笑んだ。













茜色に染められて