ひゅうと耳に風の音が聞こえて、伏せていた顔を持ち上げた。

目に映る薄紫の花が、あまりにも綺麗で泣きそうになる。

こんな風に逃げ出すなんて、私は死神失格だ。

今頃みんな、呆れてるに違いない。











優しい風景












どこかへ行こうと考えた時、真っ先に此処が頭に浮かんだ。

広い瀞霊廷の外れにひっそりとある、秘密の隠れ家のような場所。

前に一度、浦原隊長に連れて来てもらった所。

確かあの時もこの季節で、上から降り注ぐように垂れ下がるこの花に

私は子供のように、はしゃいだのを思い出した。


眩しい陽射しと共に、すべてがキラキラしていた気がする。

隊長の笑顔も、青く澄んだ空も、何もかもが。



抱えた膝の上から視線を落とすと、足元に花びらが落ちていた。

それは花に戻れることは無く、ただ風に吹かれて飛ばされてゆく。





そもそも私のようなドジが、こんな大役をこなせるわけが無かったんだ。

私と隊長のこと、心無い人達が噂しているのも知っている。

あの人達を見返してやろう、隊長の役に立てるチャンスだ

と、張り切っていたなんて、自分でも笑ってしまう。

迷惑だけはかけたくなかったのに・・・

ぼんやりと空の青と藤の紫を目に入れて、大好きな人の顔を思い出す。

強い風が吹いて、また沢山の花びらがひらりひらりと舞い落ちた。















そこによく知った霊圧と、白い羽織が現れたのは

もう1度瞼を閉じようとした瞬間で

日の光に照らされたその姿はきらきらとしていた。

これは夢?

そう思って閉じかけの瞼を視界がぼやけるまで細める。




大好きな声で名前を呼ばれ、自然と笑みが広がる。

だけどそれすらもどこか他人事のように感じていた。

その人は真っ直ぐに私に近寄ってきて、、逃げてきた現実に引き戻される。



「・・・浦原隊長」


一番会いたくて、一番会いたくない人が現れてしまった。

私は俯く。どうしても隊長の顔を見ることが出来ない。

だって今、隊長と目を合わせたら、私は絶対に泣き出してしまう。



「良かった・・」


溜息混じりに聞こえた声に、目がじんと熱くなる。

胸から何かが溢れそうになる。

泣かないように唇を噛むと


「もし、が此処にもいなかったら、どうしようかと思った」


耳元で弱々しく囁かれたその言葉を聞いた途端、抑えていた涙が溢れだした。

止めようと思うのに 溢れる涙はどうしようもない。


ぽろぽろと流れる涙

白い羽織と蜂蜜色の髪が滲んで見える。















「帰りましょっか。みんな心配してますよ」

「…でも私、」

「一人で責任を感じること無いっすよ。誰もを責めてません」

「で、でも…、」






気がついたら私の体は、隊長の腕の中に収まっていた。

まるで子供をあやすかのように優しく 抱きしめられて。

恥ずかしさと安心感が入り混じって、もう一度涙が溢れた。



「前に来たよね、ここ・・・」

「・・・はい」

「もう少し居ようか」

「・・・・はい」





それから暫く私達はその場所にいた。

特別意味のある会話はしなかったように思う。

仕事の話とは全く関係の無い世間話。

他愛も無い会話に少し笑ったりもした。

しばらくして、帰ろうと言う隊長に、私は素直に首を縦に振った。

隊長は満足そうに笑って、私の手を取った。

風は止むことは無く 花びらを躍らせる。



そのまま数歩歩いたところで、ふと隊長が足を止めた。

どうしたのかと隣を見ると、いつもの余裕たっぷりのものとは違うどこか寂しげな表情で

それでも笑みを浮かべながら言った。


「また二人で此処に来ましょ」と


隊長の肩越しに見えた空は、雲ひとつなくどこまでも青く、どこまでも広がっている。

私はその空と隊長の姿を目に焼き付けるようにただ、見つめていた。

その優しい顔のまま、私の耳元で隊長は小さく「約束ですよん」と言った。



ありがとう、ごめんなさい、大好きです。

・・・・・沢山の言葉は伝えることも出来ず
















春 夏 秋 冬


季節は巡る













そうして私は目を開けるけど、目の前の景色は先程と何も変わりない。

どこまでも青く澄んだ空と薄紫色の藤の花。

陽だまりが静かにゆらゆらと揺れる。

そこには良く知った霊圧なんてなく

一人ぼっちの私を慰めるように 柔らかく風が吹いている。

相変らず優しい表情で私を見下ろす花たちは、あの時と変わらないのに。

あぁ、心残りがあるとしたら、あの時もっと 手を繋いでいたかった。



数え切れない約束はそのままに 








優しかったあの日の風景は いつまでもここにある。