今日も良く晴れている。 

さわさわとそよぐ風は気持ち良く 私の足取りを軽くした。

鎮守の森の大木の下、憧れのお侍さまと二人きり

あの御方の姿を見るだけで、その瞳に見つめられるだけで

ドキドキと嬉しそうに せつない音を立てるのは私の心臓。

最初はただただ嬉しかった。

お傍に置いてくれるだけで、こうやって一緒に時を過ごせるだけで。











ほのかに香る
















小さく退屈なこの村に、金色の髪をしたお侍さまが来て幾日か。

一目で心を奪われてしまった私に 舞い降りたのは

憧れのあの御方にお握りを届けるという 幸運な役目。

私はこの世で一番幸せな女なんじゃないか、なんて思ったりもした。

整った顔立ち 伏せた睫毛の長いこと 

見ているだけで胸が熱くなる、だけど

キュウゾウ様は私といる時、いつも寝ていらっしゃる気がする。

本当に寝ているのか、ただ目を伏せているのかはわからないけれど。






「あの・・・」

「・・・・・」

「キュウゾウ様・ ・ ・?」


「なんだ」

「いえ・・・」


キュウゾウ様はとても無口。

そしてこの状況に 私はいささか飽きてきたのも事実で

しかし寝ているからと、この場を去ろうとでもすると

キュウゾウ様は決まってパチッと目を開けて 私を睨むのだ。

今日もそんな数時間が経ち、そろそろ夕餉の準備時間になったので、私は遠慮がちに口を開いた。


「あの、、キュウゾウ様。私そろそろ・・」


「・・・ もう、行くのか」


「申し訳ありません。夕餉を作る時間なのです。村の皆がお腹を空かせているので」


「・・・そうか」


「お食事ができたら、キュウゾウ様にもすぐにお持ち致します」



「・・・かたじけない」



後ろ髪を引かれる思いで一礼し その場を去る。

キュウゾウ様に背中を向けた途端 私はたちまちせつなくなった。

一体私はキュウゾウ様にとって、何なのだろう

ただ、お握りを運ぶ女なのかも知れない。

それはそれで嬉しいのだが、私は最近とても欲張りになったようで

何も仰らないキュウゾウ様に 不安は募るばかり。








深いため息を吐きながら、とぼとぼと一人で森を歩いていると









「おや? さん。どうしたんです?もう陽が落ちそうですよ?」


声を掛けられ振り向けば笑顔のヘイハチ様がいた。





ヘイハチ様はお侍様の中でも とりわけ気さくなお方で

いつも優しく話しかけて下さるから 何度となく話すうちに親しみすら感じていた。




「今から村へ戻るところで御座います」




ヘイハチ様は森の奥を振り向くと、 ホゥと一つため息を吐いた。





「こんなに遅くまで 引き止められていたんですか」



途端にキュウゾウ様の顔が浮かんで 私は慌てて弁解をする。


「いえ、その・・・私がうっかりしていて。あのお方は何も」


ヘイハチ様は 胸の前で腕組みをすると


「キュウゾウ殿にも困ったものですねぇ。私から言って差し上げましょう。さんを引き止めるのはもう・・」

「とんでも御座いません!」


そんな事をしたら、私は二度とキュウゾウ様にお会いできなくなってしまう。



「でも、そなたにも都合というものがあるでしょう」


「私の都合など良いのです。それより・・・」



「それより?」


「あの・・・」



「キュウゾウ様は私がいる時、いつも寝てらっしゃるんです。
 私はどうしたらいいのかわからずに傍にいるのですが、
  あの御方の邪魔になるのではないかと、いつも不安で・・・」




すると途端にヘイハチ様は笑い出し 

「やれやれ本当に困ったお人だ」と



「いいですか、さん。あのキュウゾウ殿が人前で寝るなんて事 有り得ないんですよ」



「はい?」



「私達ですら、彼の寝顔を見たことなんて無いんです」


「凄いことじゃないですか。そもそもさんを遣いにと言ったのは 何を隠そう・・






その時







後ろの林がガサガサと音を立て、ヘイハチ様が咄嗟に庇うように私の前に立った。

と、同時に現れたのは鮮やかな真っ赤なコート。

キュウゾウ様は私とヘイハチ様に 交互に視線を投げつけると



「何を・・・している」


明らかに機嫌の悪そうな顔と低い声だった。




「ただ少し話をしていただけですよ、キュウゾウ殿。それよりこんな遅くまで女子を」



「わかっている」



「寡黙なのも結構ですが、たまには言葉にする事も大事だと思いますよ」



ヘイハチ様の言葉に キュウゾウ様は何も言わず鋭い視線を向ける。

お二人の緊迫したやり取りに 私はどうしたら良いかもわからず動けないでいると

ヘイハチ様の顔は急に緩み、私に優しく微笑んで


さん。もう、ここからは安心ですね。後ほど美味しいお握り、お願いします」


そう言うと片手を振って行ってしまった。




私はわけがわからずに その場に立ったまま首を傾げていると

振り向いたキュウゾウ様の顔は 今までに見たことも無い表情で




「すまぬ・・・遅れた」と一言



そして私を促すように前を歩き出した。



「キ、キュウゾウ様?」


慌てて追いつくとキュウゾウ様は



「すぐに暗くなる・・・村まで送っていく」


ひっそりではあるが、ハッキリと私に言葉をかけてくれた。














二人で歩く村までの道。

大きな太陽が、今まさに大地に溶けようとしている。


キュウゾウ様は相変らず何も仰らないけれど

私の歩幅に合わせて歩き、ほんの少しの岩場にも手を貸してくれ

言葉にせずとも その優しさは ほのかに香るように。








キュウゾウ様はもしかして、私を心配して追って来て下さったのかしら。

先程のあの目は もしかしたらヘイハチ様と私のことを誤解して・・


そう思うと口元が緩むのを隠し切れない。


そしてあの強く 私を縛り付けるような視線が忘れられず

私は言いようのない 幸福感に包まれた。











このまま道が続くといい。 


いつまでも村に着かなければいい。


そんな馬鹿なことを、胸の内で神様に祈ってみた。