意地悪なひと















。今から青の間に行ってもらえないか?」



腕を胸の前で組んだまま、難しい顔をしてハーレイが告げる。

突然のことに私は首を傾げた。青の間といえばソルジャー・ブルー。

医療クルーの一人である私に声が掛かるなんて、何かあるのかと不安になる。

けれど最近は体調も良い様子で、艦内を散歩している姿なども見かけていたし

ドクターからもソルジャーの悪い報告は、特に受けてはいなかった。



「ソルジャーの体調が良くないのですか?」

「うむ・・・ 具合が悪いらしい。そして、今朝から何も口にしてくれないのだ。
 少しでも体力をつけてもらわねばならんのに・・・」



それは大変だ。それでなくとも食の細い人なのに。

以前ソルジャーが負傷し、ドクターの付添いで治療に行った時に見た彼の腕は白く細く

それは確かに綺麗ではあったが、ハーレイの心配はわかる。食べなくては体が持たない。


「ドクターは手が離せない。そこでだ、キミに頼むことになったのだが、行ってもらえるか?」


私が何の役に立てるのかはわからないが、自分に声が掛かるのを喜ばないわけはない。

憧れのソルジャー・ブルー。彼の役に立てるのならば。


「わかりました。ではすぐに参ります」
























青の間の入口で、失礼します、と声をかける。

勿論起きているのなら、私が来た事ぐらい思念派で察しているだろうが。

ぐにゃりと曲がった通路を歩き、ソルジャーのいるベッドへと辿り着いた。

ベッドの横にある水銀灯が青白く光り、彼の姿を美しく照らす。

彼はベッドに半身を起こした姿で、にっこりと私を迎えた。



。よく来てくれたね」


ソルジャーの笑顔はとても素敵で、当然のように胸が跳ねる。

けれど顔色もさほど悪くはなく、食事を受付けないほど弱っているようには見えない。

私は手招きをされるまま、おずおずとベッド脇の椅子に腰を掛けた。


ぐんと近くなる距離。

なんだか恥ずかしくて近くにある彼の顔を見ることが出来ない。

少し視線を外しながら言葉を発した。



「あの、具合は如何ですか?」

「今日はずいぶんと良いよ」


よく響く声。ハーレイがあんなにも心配していた割には元気そうだ。

あの人はいつもソルジャーのことになると心配し過ぎる。 

と、彼の顔を思い出し、ふっと顔が緩んだ。



ふと見ると、ベッドの横に置かれたテーブルの上に銀製のトレイが置いてある。

その中には、気持ち程度のリゾットが入ったお皿とスプーンが、綺麗に揃えてあった。


「あ・・・でも。お食事、されていないそうですね」

「うん」

「少しでも食べないと体力が落ちますよ」

「あぁ、そうだね。わかってはいるんだが」



その赤い瞳にじっと見つめられて、ドキッとした私は返す言葉に詰まる。

この広い部屋に二人きりだということが、妙に私を緊張させていた。

けれど、ソルジャーの役に立ちたいと思って此処へ来たのに、それではいけない。


「私に何かお手伝いできることはありますか?」

顔を上げ、彼の顔をまっすぐに見つめた。





すると、ソルジャーはサイドテーブルへと腕を伸ばした。

その銀製のトレイをそっと自分の膝の上に乗せ、にっこりと微笑む。

食事をする気になったのだろうか

ではお水をと椅子から立ち上がろうとすると、そっと腕を掴まれた。

「駄目だよ。此処にいたまえ」

彼は笑みを浮かべたまま、私にスプーンを差し出した。



が食べさせてくれないか?」


「え・・!」


「僕の手伝いに来てくれたんだろう?」






彼の瞳に抵抗できる人がいるのなら、教えてもらいたい。


私の手は自然にスプーンを受け取っていた。

無言で注がれる視線に、心臓がスピードを上げる。

湧き上がる色んな感情はぐっと抑えて、リゾットが少し入ったお皿を引き寄せ

スプーンで少しそれをすくって、彼の目の前にそろそろと運んだ。



「ど、どうぞ・・」


・・・・


ソルジャーはくすくすと笑い出す。


「手が震えているよ。 大丈夫?」


私の心の動揺なんて、この緊張感なんて、とっくに伝わっている。

恥ずかしくてたまらないが、ここは頑張るしかないのだ。


「すみません。こんなこと・・初めてで」


「緊張しないで」




いつのまにか、立場が逆転している。

私は食欲がなく困っているだろうソルジャーのお手伝いにきたのに。

これじゃあ明らかに困っているのは私の方だ。動揺が隠せない。

しかしここで、恥ずかしいなんて言う方が、よっぽど恥ずかしい。

私はえいと気合をいれて、もう一度仕切りなおした。

震えることなく、彼の口元へスプーンを運ぶと、彼は一度にっこりと笑って


その綺麗な唇は開かれた。




どきん・・・・



赤い舌と白い歯がチラリと見えて、胸が高鳴る。


ぴちゃり ごくり

静かな部屋では、そんな微かな音でさえ拾われてしまう。

彼の口が動くのを、喉元が動くのを、こんなにも間近で見てしまい

思わず自分の喉までもが、ごくりと音を立てたような気がした。

釘付けになる、という例えが適当かも知れない。

私はただ、彼の口元から目が離せないでいた。

心臓の速度は増すばかり、頬にまで熱が上がってくる。

チラと覗く彼の舌に体の芯が少しだけ疼いた。

ソルジャー・ブルーが、リゾットを一口食べただけ。それだけ、なのに。





それを数回も繰り返すと、お皿の中は空っぽになった。

無理のないよう、食べきれるだけの量に配慮してあるのだ。

やっと我に返った私は、トレイをテーブルの上に置き、ほっと溜息を漏らした。


「あぁ良かった。安心しました」


「食欲が無いわけじゃなかったからね」


「そうなんですか? でもハーレイが」


「うん、ハーレイにはすまないことをしたと思っているよ」


首を傾げる私に、ソルジャーがウィンクをしてみせる。



を呼んで欲しくてね。具合の悪いふりをしたんだ」





体が一瞬何かに貫かれたように熱くなって、私は思わず彼に背を向けた。

でも私の飛び出しそうなこの心臓の音は、きっと彼には届いている。

返す言葉も出てこないまま、片付けるまでもない食器をカチャカチャと触る。

どうしよう、どうしよう。 全身が心臓になったみたいだ。


すると、背中でソルジャーが呟いた。


「デザートがあれば、もっと元気になれそうだ」


「な、何か、持って来ましょうか?」 

震える声で返事をすれば、ソルジャーは悪戯な笑みを浮かべながら

自分の唇を指でつんつんと突いてみせた。





「甘いキスがいいんだけど」


















この人は私の心を全部持っていってしまう。とんでもなく意地悪な人なんだ。