太陽は真上にあった。風は涼しいが今日はやけに日差しが強い。
チラッと視線を空に向ければ、眩しくて視界が一瞬白くなった。


こりゃ日陰にでも入らなきゃあ、やってらんねぇ。
ふと、傍にある茶屋の外に椅子があるのを見つけて、どすんと勢いよく其処に腰を下ろした。
組んでいた足をぶらつかせると、椅子までガタガタと音をたてる。
さっきから待ちぼうけをくらって、俺は苛々してた。



「おせぇ・・」




俺とは今、町の共同井戸まで水を汲みに来ている。

4人での真剣勝負。じゃんけんに負けたのは
俺は勝った、なのに・・

「町も何かと物騒だ、用心棒が必要だろう」とか言って
眼鏡野郎が俺の背中を押しやがった。(否、蹴ったよな?蹴ったなアイツ。帰ったら覚えとけ)

こんな暑い日だ。案の定、井戸場には水を汲みに来た人の列が出来ていた。

たりーな、どけや。と、近くに居た奴に手をかけようとした途端
ぐいと腕を引っ張られ、見るとが鬼のような顔で俺を睨んでた。
早いとこ終らせてやろうと思っただけなのによぉ。
はペコペコと回りに頭を下げ、俺に向かって舌を出した。
せっかく二人に、否、着いて来てやったってのに、用心棒だっつーのに。
あっち行って待っとけだと? 面白くねぇ。










「あんのぉ〜 お客さん? ご注文は・・」


注文を取りに来たらしい店の奴が、後ろから控えめに声をかける。
俺が無言で睨んでやると、ひぃと言って奥へ逃げてった。
爺さんにゃ悪いが、それもこれも全部アイツのせいだ。



「ったく、いつまで待たせんだ」
 
待っていたって仕方ねぇ、探すか。 俺はのっそりと立ち上がった。
寄り道してんのはわかってる。けどどうせ遠くには行ってねぇだろう。
井戸の近くをうろうろしてみると、二つほど先にある路地裏で
こっちに背を向けてしゃがんでるを見つけた。






「・・・オイ」

「あ・・、ムゲン」

「あ・・じゃねーよ」


振り向いたの胸のあたりで、むくむくと動くもの。
は、胸に抱えたそれを大事そうに撫でると、えへへと笑った。


「ぁあん? 猫?」


「かっわいいでしょー?」


「全然」

「うそ。こーんなに可愛いのに〜」

「オマエな・・」




女っつーのは、何でちっこい生き物が好きなんだ?
コイツに構ってる間、俺はずっと待ちぼうけ食らってたってわけか。
腹が立たねぇ方がおかしいだろ。野良猫なんかほっときゃいいんだ。

しかも俺が来たってのに、はまだその猫に夢中だ。
猫の奴も気持良さそうに目を細めて喉を鳴らし、に甘えてやがる。


「ミャァオ〜」

「そうでしゅかー。キミはお腹空いてるんだね〜」


そうでしゅかー だとぉ? 何だそりゃ。
腹減ってるのは猫じゃねぇ。俺だ。



「ねぇ、この子お腹空かせてるみたい」

「腹なら俺も空いてるぜ」

「あ、そうだ。さっきの魚屋さんで何かわけてもらお」


チッ・・俺は無視かよ

「ムゲンごめん。ちょっとお願いね」



ぽすんと俺の腕に子猫が乗せられる。
文句を言う暇もなく、はもう走り出していた。






「・・・・・。」





ふわふわとした胸から途端にごつごつした男の腕へ。
俺の腕が気に食わないのか。そいつは居心地悪そうにゴソゴソと体を揺らす。
そしてその腕の持ち主を確かめるように、俺の顔を見上げた。


「なんだよ」


「・・・・・」

「目つきわりぃなオマエ」

「ニャオ?」


ニャオ?じゃねぇ。お前のせいで俺は待たされてたんだぜ?
しかもに抱かれやがって。生意気な奴だ。 
ちょっとヤキ入れとくか。

俺はその小さくて黒い猫の鼻をピンと突いた。モチロン十分加減して。
「ぷぎゃ」 と声がしたと同時に、指にチクッと痛みが走る。

「てめっ!この! 痛ぇんだよコラ」


暴れ出す猫を逃がさないよう片手にしっかり抱いたまま、ソイツの鼻ッ面をもう一度突いた。
すぐに指を引いたから今度は成功。猫は明らかに俺にガンを飛ばしてる。

へへん、俺に勝とうなんて百年はえぇ










そんな静かな戦いを続けてると、お待たせ〜と走って来るの姿が見えた。



「来たぜ。食料が」

「ミャーオゥ!」


「でもな、言っとくがあの女は俺のモンだぜ?」




俺の脅しが効いたのか、猫はひょいと俺の腕から飛び降りて
ピューっと塀伝いにどこかへ行ってしまった。


「あっ!猫ちゃん・・」

せっかく煮干もらってきたのに・・と、じっとりと恨めしそうに睨まれる俺。
尻尾巻いて逃げたのはアイツなのに。



「俺には勝てねぇってよ」



は?何言ってんだか、と大きく溜息を吐いて
は猫の走って行った方向を暫く見つめていた。


「あの子、大丈夫かなぁ・・」

あんまり残念そうにするんで、ほんの少しだが悪かったなと思う。


「まさか飼うつもりだったのかよ」

「・・・・ううん」


「今は旅の途中だし、拾ったって飼えるわけ無いもん」

俯いて地面に転がってる石を蹴りながら、明らかに沈んだ声だ。


「親はいないのかなぁ。あんなに小さいのに」

「さぁな。 ま、猫なんてのは、勝手にたくましく生きてくって」

「う、ん。中途半端に可愛がるより、良かったのかもね・・」

「あぁ。心配すんな」


「・・・でも、可愛かったなぁ」


んな、寂しそうな顔すんな。
猫なんて気まぐれな動物だ。いくら可愛がったって、恩を忘れて逃げちまう。



それより・・・ま、逃げない動物なら、此処にいるけどな。

俺は両手を顔の横に上げ、猫の手の真似をして鳴き声をあげた。





「にゃぁおー」



「・・・へ?」



「にゃぁ〜おぉー」


目をパチクリさせてるにすかさず抱きつき、その胸に顔を埋めた。

「ちょっ何!・・・ムゲ・・」


でもって目の前にある白い肌に、ついでにチロッと舌を這わせる。



「いやぁぁ!変態」


「ふぎゃーおぉぉ」(変態上等!)


俺は猫だ。
だから早く可愛がれ。
なぁに頭撫でたり抱いたりすりゃいいんだ。簡単だろ?





にゃぁおーにゃぁおー。俺はを追いかける。

きゃーきゃー言って逃げ回る

その顔がすげぇ可愛くて、つい顔がニヤケちまう。


そんな猫いらなーい!って、うそつけコラ。嬉しいくせに




「きゃー。ムゲンの馬鹿変態ー」


「にやぉぉーーんん」







水を持ち帰るのも忘れて、俺たちは街中を走り回った。
皆が驚いたように振り返ってた。
いつのまにか日差しも柔らんで爽やかな風が吹く。気持のいい午後。
















「ね・・ジン。二人とも遅いねぇ」
「・・・うむ」
「やっぱりムゲンを一緒に行かせたのが間違いだったんじゃない?」
「・・・うむ」

「ん?ってゆーか、さっきから猫の鳴き声がしない?」
「・・・・うむ」

「何だろアレ。 気持ちわるい声〜」




「きっと、盛りのついた野良だろう・・」














野良猫下心