温もりを分けあって














靴を脱いだらそのままベッドへ直行。ぱたりと蒲団に倒れこむ。

うら若き乙女をこんな時間まで働かせるなんて。最近の忙しさは異常だと思う。

あと数時間したらまた、あの戦場のような職場に逆戻りだと思うと気が滅入る。

瞼を閉じればすとんと底まで落ちていきそうだ。

あぁでも、このまま寝たら服が皺になっちゃうし。

滑り落ちそうな思考を、別のことで紛らわせることにする。




甘い物食べたいな・・・


生クリームたっぷりのふわふわショートケーキ。勿論いちごは特大で。

大好きなクッキーは、お気に入りのあのお店のサクサクのナッツ入り。

甘い甘いチョコレートは、舌の上でとろけるのよ。

アイスクリームも良いわねぇ。今ならきっとトリプルでもいけちゃうわ。

ストロベリー、バニラ、キャラメル、チョコミント、ラムレーズン・・・

あぁ、想像しただけで嬉しくなる。


そうしてふと、冷蔵庫にチョコがあったことを思い出す。

チョコ食べてからお風呂に入ろう、うん。

えいと気合を入れ、ベッドから身を起こせば

流れてきた冷たい空気に、思わず窓の方に視線を向ける。






「コンバンハ、サン。随分とお疲れのようッスねぇ」

窓枠に手を掛けくすくすと笑う、喜助さんがベランダに立っていた。


「こんばんは。って、またそんな所から・・・」


ひんやりとした風にふるりと体が震える。

それに気付いてか喜助さんはさっと窓を閉め

そうして入るなり部屋をぐるっと見回した。



「おやおや、泥棒でも入ったんッスか?」



ム・・・失礼な。

けど、そう言われて改めて部屋を見ると

テーブルの上には開いたままの雑誌。椅子の上には脱ぎっ放しのセーター。

あ、食器は朝のですからね。数日前からおいてあるってわけじゃあ。

ここ連日の残業で、疲れてたし時間も無かったから。って

そんなの言い訳だってことぐらい百も承知だけど。


「明日片付けるつもりなんですー」

少し膨れてそう返すと、喜助さんはふぅ〜んと意地悪く笑う。

泥棒だなんて言い過ぎだよ喜助さん。


「だいたい夜中にベランダから入ってくるような人が言える?」

「まぁ、そうっすねぇ」



ぽりぽりと顎を掻く仕草を横目に、私は冷蔵庫の扉を開ける。

でも、ささやかな希望、私のチョコはそこには無かった。

あぁそうだ、昨日食べちゃったんだっけ。

パタリ、扉を閉める音も虚しく聞こえた。

喜助さんに出せるようなお茶菓子さえ無いなんて、侘しいなぁ。


「どうしたんすか?しょんぼりして」

「ううん、何でもない」











ところで喜助さんは、どうしてここに来たんだろう。

急用という様子でもないし、こんな夜中にまさかデートのお誘いじゃあるまいし。

だいいち私達は付き合っているわけでも、恋人というわけでもない。

それなのに

まるでそれが当然のことのように、こうして時々私の前に現れるんだ。

気にかけてもらえてるのは確かだろう。それが例え気まぐれでも。

正直に言えば私はこの人に惹かれていて。

だけど心のどこかでそれを拒む自分もいて。

少しだけ距離を置いている。何しろ現実離れした人だもの。

もしかしたら本能が危険を察して、予防線を張っているのかも知れない。

そんな喜助さんだってそうだ。

優しかったり冷たかったり、未だに掴みどころが無い。





「喜助さんこそ、こんな時間にどうしたの?」

「どうしたのって冷たいなぁ。会いに来たんすよ」

「こんな夜中に?」


レディの部屋を訪ねる時間じゃないよね。

これが喜助さんじゃなかったら、私絶対に警察に通報してるけど。



「だって最近のサン、帰宅が遅いでしょ」

「・・・ぁ」

せめて電話ぐらいしてくれたら部屋だって、と言い掛けて口を閉じる。

片付ける元気なんてあったかしら? もうその話題はやめておこう。



「それに、電話して断られたら、会いに来れなくなるでしょ」

「・・・・。」


相変らず勝手な人。

でもせっかく喜助さんに会えるなら格好だってもっと。

あぁもう、せめて後1時間早く退社できてれば。

嬉しさと悔しさで何とも複雑な顔になる。

すると彼は何かを思い出したように、あ、そうだ!とポンと手を叩いた。



サンの願いごと、叶えてあげましょ」


ん?願いごとって何だろう。私何か、頼んだっけ。

首を傾げる私をよそに、喜助さんはうちの壁に向かって何やら指を動かした。

小さく呟く声は何かの呪文なんだろうか、本当に不思議な人だ。



わっ!


音も無く突如として現れた穴に驚く。

うちの白い壁にぽっかりと、まるで異世界への入口のような不思議な空間が出来上がっていた。

この部屋賃貸なのよ!と突っ込みたいところだけど、

喜助さんはこれまでにも不思議なことばかりしてみせて。

そしてそれが現実じゃないこともわかってたから、あえてツッコミはしなかった。

ちょっと説明し難いが、今は確かに現実。けど、次の日には全て無かったことになっているのだ。

この壁の穴も、明日になれば跡形も無くなっているんだろう。きっとそう。


















「ねぇ、どこまで行くの?」



穴の中は薄暗い。でも案外地面はしっかりしていて、足を取られることもない。

こんな摩訶不思議な場所へ入るなんて、本来なら不安でたまらないことも

喜助さんが一緒だから、怖いだなんてちっとも思わなかった。

一歩先を歩く喜助さんを斜め横からじっと見る。

触れそうで触れない手のひらが、なんだか少しはがゆく思えた。


それからほんの数十秒のことだった。

目の前の見覚えのある景色に、私は喜助さんの方を向く。



「あ、れ?ここって・・・」

「ハイ、浦原商店に到着ッス」


「なーんだ。妙な所を通ったんだから、素敵な場所に着くのかと思ったのに」

「素敵な場所?」

「うん。お城とか?妖精がいたりとか。ほらお伽話にありそうな・・・」

「意外とメルヘンチックなんすね〜サンは」



見慣れた和室の隅っこで、照れ隠しにえへへと笑う。

この人にそんなことを望む方が間違ってたと、心の中で舌を出した。

そんな場所に着いたりしたら、何より喜助さんの格好が浮くじゃないか。

それとも王子様のように、白いタイツでも履いてくれるのかしら

と、想像したら思わず吹き出した。



「文句言ったわりには、楽しそうじゃないッスか・・」

「あ、あはは」

またもや笑って誤魔化した。変な想像してごめんなさい。

それからそこにあった座布団を私に勧め「ちょっと待っててください」

そう言うと、喜助さんは店の方に行ってしまった。



純和風というか、昭和初期のような古風な部屋。ここは喜助さんの部屋だ。

あの不精な人の部屋が、案外スッキリと片付いているのは、テッサイさんのお蔭だろう。

期待したお城とは随分とかけ離れているけれど、ここはいつ来ても懐かしい匂いがする。

もう夜中だからなのか、いつも賑やかな商店はしんと静まり返って。

いつもと違う空気がなんだか新鮮に思えた。

ジン太くんや雨ちゃんは夢の中かしら。

案外座り心地の良い座布団の上に正座して、私はじっと彼を待った。









そのうちミシミシと廊下を歩く音がして、どすんと言う音とともに障子が開く。

見ると喜助さんが、何やら大きなダンボール箱を抱えていた。


「お待たせしました〜」 

ダンボール箱の横から得意そうな顔が覗く。

私の前でひっくり返されたその箱から、バラバラと飛び出したのは

数え切れないほどたくさんのお菓子だった。

畳の上にはたちまちお菓子の山ができる。


麩菓子にお煎餅、飴玉、風船ガム、金平糖にお饅頭。

いわゆる駄菓子という類のものから、和菓子まで。

何やら怪しげなパッケージは、いつの時代のものなのか。

私はただただ目を丸くするしか無かった。



「すっごい量・・」


「甘い物が食べたいって言ってませんでしたっけ?」


聞こえてたの? でも。

あまりにも極端で唐突で、しかもチョイスがかなり古いんですけど・・・。

とは思いつつ、少し懐かしいお菓子たちを目の前にして、気持ちはただ上がる一方で。


ほら、ほらと催促するように喜助さんが私を見るから、

とりあえず目に付いた大きな飴玉を口にほうばると、たちまち顔が緩んだ。


甘い



そうして次の瞬間。

ふわり、と喜助さんが笑った。

嬉しそうに、まるで自分も飴玉をほうばったかのように甘く、優しく。



「おいしい?」

「ん〜、しあわせ〜」


「それは良かった」


胸がきゅんと音を立てる。

ねぇ、どうしてそんなに幸せそうに笑うの。


ふわふわと落ち着かない気持ちを誤魔化すように、目の前のお菓子の山から

あれこれと取り出しては、やれ懐かしいだの有り得ないだのとはしゃぐ。

そんな私の様子をじっと見ながら、喜助さんはまた嬉しそうに笑う。



「喜助さん楽しそう」

「そりゃもう、この世で1番良いもの見ちゃいましたから」

「え?」

サンの幸せそうな顔」



手のひらの上の山のようなお菓子がばらばらと零れ落ちる。

返す台詞なんてまったく思いつかない。

何だか照れくさくて喜助さんから視線を外しつつ、お菓子を拾いあつめる。

頭の中でさっきの喜助さんの台詞がこだまして、顔だけが妙に熱かった。

仕事の疲れ? 会社のこと? そんなのとっくに忘れたわ。

暖房すらない部屋でさえ、こんなにも暖かく感じてる。





麩菓子にお煎餅、飴玉、風船ガム、金平糖にお饅頭。

甘いよ。おいしいよ。疲れも一気にふっとぶよ。

さぁ僕たちを食べてごらん。きみを幸せにしてあげる


沢山のお菓子たちが私を甘く誘惑する。

だけど

胸に広がる感情があまりに甘くて、当分お菓子はいらないな、と思った。











私を見て微笑むあなたが、なによりも心に甘い。




















『喜助誕生祭2007』様へ     タイトル 『color seasosn』