幸せの音














ザァァ……… 雨が地面を濡らす音がする。


昨日の夜から降り始めた雨は、朝になっても止む気配は無かった。

窓から見える灰色の空。横目に見ては溜め息を吐く。

戦はもう間近に迫っていて、それでなくとも時間が足りないというのに

風も出てきたらしく、横殴りの雨が扉を叩く。今日の仕事は無理だろう。


突然に出来た時間を誰もが有効に使うべく、この部屋には誰もいない。

カンベエ殿とシチロージ殿は、長老殿に呼ばれて留守。

キクチヨ殿とカツシロウくんは、子供達に引っ張られて行ってしまった。

キュウゾウ殿は・・ そういえば朝餉の後 姿を見ていない。

一人残された部屋で、焦る気持ちとは裏腹に、私は暇を持て余していた。











時刻はちょうど昼過ぎ

このくらいの時間に、いつもあの娘はやって来る。

これが晴れた日であるのなら、あの笑顔も見れたのに

相変らずの雨の音は止むことも無い。

さすがに今日は会えることも無いだろう。

私は少し寂しく思いながら、今度は深い溜め息を吐いた。

仕方無い。工具の手入れでもしようかと立ち上がったそんな時

戸口でガタンと音がして、振り向けば・・・

雨が地面を叩く音が、やけに大きく鼓膜に響いた。




「こんにちは、ヘイハチ様」





ザァ…という音と同時に耳に届いたのは ふんわり甘い心地の良い音。


殿!」
「はい?」

「あ・・・いえ」




私は、突然やって来た殿に驚きながらも、びしょ濡れの彼女を見て急いで部屋の隅に走った。

体を拭くように布を手渡すと、少し照れたように笑う殿と目が合った。

先程、思い浮かべていたその笑顔が すぐ目の前にある事に、胸は高鳴り出す。



「如何されたのですか、こんな雨の中」

「え? だって・・・」



見ると殿は胸に風呂敷を抱えていて 私の問いに不思議そうな顔をする。

「お握りを届けに参りました・・・」

さも当然だと言うような殿の表情に、ふっと我に返る。

いつもこの時間になると、風呂敷を抱えた殿を見ていた。

それは私が山にいようが村にいようが何処にいても変わりなく 繰り返されていたこと

いつの間にか その笑顔に随分と救われてきた自身のこともわかっている。

そして、私の中に芽生えているこの感情は、一文字で表すことができるものだと言うことも

顔が緩んでいくのはきっと、お握りよりも殿に会えたから。







「はい、どうぞ」

殿は、あまり濡れなくて良かったとこぼしながら、その包みを私に差し出した。


「あ、ありがとうございます」

私はそれを受け取ると、私よりも嬉しそうに微笑む殿をじっと見る。

濡れた髪が気の毒でならない。




「ご苦労様です。こんな雨の中、大変でしたね」

「いいえ、そんなこと」

「今日は皆出掛けているのです。それぞれに昼飯は済ませるとのことでしたが」

「はい、そう聞きました」

「では・・」

何故と聞こうとして口を噤む。自分は何を期待しているのか …





「あ、いえいえ。殿は本当に親切な娘さんですね。この雨の中、仕事でもないでしょうに」

「・・・・・」

私の言葉に彼女は俯いてしまった。

本当に聞きたい事は胸の内にしまい込む。 真意を隠した言葉は くだらない。


この娘は真面目で心優しいのだから、握り飯を届けることが特別の意味を持つわけでもない。

黙ってしまった彼女に、悪いことを言ったと少しの自己嫌悪を感じる。

せっかくですから、と包みを開けると 二つほどの形の良い握り飯が並んでいる。


「では、ありがたく頂きます」

殿が握ったお握りを、こうして毎日食べられるだけで、私は幸せなのだから。















それはあの・・・・






殿が囁いたような気がして 視線を上げると、彼女の瞳とバッチリと目が合った。






「ヘイハチ様が好きだからです」










「・・・っ!! ゴホッゴホッ」


「あ、ごめんなさい」
「……んっ」

「あ、ヘイハチ様。お茶!」
「んん・・・」




突然の殿の言葉に、口の中の米が喉に詰り、とんとんと胸を叩く。

一瞬、思考が停止して無音になっていた世界に音が戻ってくる。

それはザワザワと騒がしく私の頭の中を駆け巡った。

部屋の中は雨の音に混じって、みっともない私の咳が響く。

そして私を気遣う殿の声は優しく、今度は顔が熱くなる。

ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、私はお茶を流し込み一息ついた。






さっきまで退屈に感じていた時間が たちまち色づきだす。

単調な雨のリズムと 忙しくなった心臓のリズム

雨よどうか降り止まないで。もう少し殿と話がしたい

地面を叩きつけていた雨の音は いつの間にか優しく音を奏でだす。







ぽつりぽつりと 二人のいる屋根の上に 

優しく  優しく




























花音様へ捧げます。
少しでも気に入ってもらえれば幸いですv