「わぁ〜いい眺め!」  

真横には青い草原が広がっている。
その景色に目を取られた私達は、ふと足を止めた。




少し休もうとのジンの提案に、頷くと同時に二人目を合わせて胸を撫で下ろす。
村からここまで休み無く歩いて来たのだ。 少なくとも私たち女は限界だった。
ジンとムゲンはまだ与力が残っているらしく、それぞれに散らばってゆく。

私は荷物を地面に置くと、深呼吸を一つ。
改めてこの広い草原を見渡してみた。

濃い緑の中に白や黄色、無数の野の花が咲いている。

長閑で平和で優しい風景だ。










さん? ねぇ、何処行くの?」


「うん、ちょとあっち」

少し先に黄色い花が咲き乱れている場所がある。
私はどうしてもその中に行ってみたかった。


「元気だなぁ〜私はここで休んでるね」

「うん」

「あ、気をつけてね〜。ムゲンに」

「え? ムゲン?」

「うん。アイツさん狙ってるから。襲われないように!」

「あはは、そんなこと無いよ。大丈夫」


大袈裟に笑って見せるとフウちゃんも笑って
草の上に腰を下ろしたまま、私に向かって手を振った。
















眩しいくらい白い空の中、数匹の蝶々が、ほんの間近で飛んでいる。
優しい陽を浴びて、ひらひらと飛ぶ蝶の姿は花のようだ。

暫く歩いているうちに、目的の花の咲き乱れる場所へと着いた。
遠くで見るよりもはるかに多いその数に驚く。まるで花の海だ。
それがあまりに綺麗だったので、私はそこでぺたんと座り込んだ。


ふわり暖められた風が 心地良く頬を撫でる




見ると小さな天道虫が、目の前の花にとまっている。
その可愛らしい姿に 私はゆっくりと手を伸ばした。


うふふ、可愛い


天道虫は私の指から手のひらへ 自由にちょこちょこと動き回る。
こんなにも簡単に私を癒してくれる小さな虫。
吸い寄せられるようにその姿に見入っていた。
ちょっとでも動くと飛んで行ってしまいそうで、身動きも出来ない。

じっとしていたからといって ずっとこの指に留まってくれるわけもないけれど

どうか、もう少し私のところに居て・・・
天道虫に何を重ねているのか、せつない気持ちが込み上げる。















「なーにやってんだ?」


後から声がして振り向けば、ムゲンが立っていた。いつの間にここに来たんだろう。
さっきの蝶の羽のように、その顔も陽に照らされてまぶしく光る。


「ほら、可愛いでしょ」

ん? と私の手の中を覗き込むムゲン。
すると天道虫は私の手のひらから、ぱっと羽を広げて飛んで行ってしまった。


「あ〜ぁ」


「逃げちまったな」




広い青の中を 小さな羽根を広げた天道虫が飛んでいく
相変らずの優しい風景、目の前には黄色い花の海。

その花の前を遮るようにムゲンが立った。
彼は腰を曲げて 花畑の中を覗き込むような格好をしてる。


「お・・いたいた」


目をきらりと輝かせ、ムゲンは花の中に手を突っ込んだ。
そうしてにやりと笑うと、その手を私に差し出す。
指の先には、可哀相に彼に摘まれた小さな天道虫がいた。


「ほらよ!さっきの・・・ 飛んでっただろ?」



私は何だか嬉しくて、その天道虫を受け取ろうと手を伸ばした。
けれど天道虫は ムゲンが指先を緩めた途端、パッと空へ逃げてしまった。

「あ・・・」

「チッ、あの野郎ムカつくな」


そう言ってはまた後の花畑に首を突っ込むムゲン。
たかが小さな虫に、そんなにムキになるのが可笑しくて、私はくすくすと笑った。


空には数匹の蝶々が、あちらこちらに止まりながらゆったりと飛んでいる。




「あーもう!やめたやめた」


なかなか捕まらない虫に機嫌を損ねたのか、ムゲンは草の上にごろんと寝転んでしまった。
私もその隣に腰を下ろす。
座ってみると案外背の高い黄色い花は、私たちをすっぽりと隠してしまう。


「そんなに捕まえたかったの?」

「別に〜」


もしかしてさっきの天道虫が逃げたのは、自分のせいだとでも思ったんだろうか。
それでムキになって探してくれたんだろうか。

虫一匹捕まえる事が出来なかった割には、満足そうに微笑むムゲンの横顔。
思えばこの数日間、4人で旅をしてきたものの、こうやってムゲンと二人きりになるのは初めてだ。

間近に見る彼の顔に 少しだけ胸が高鳴る。




「あの虫、きっとオスだな」

「・・オス?」 

「だから、お前の指が良かったんだろうよ。虫のくせにスケベなヤツだぜ」


ムゲンの台詞に思わず吹き出す。
この人は本当に予想もつかないというか、面白いというか。
出会った時からこの人には驚かされてばかりだ。
今ここにこうしている事が不思議でならない。


もしもあの時、あの道を通らなければ
もしもあの時、やくざに絡まれなかったら
もしもあの時、この人達に助けてもらわなかったなら

私は一人で寂しくこの道を通っていただろう。
否、ここまで辿り着くことすら出来なかったのかも知れない。
それが今はこうして、4人でここに居る。


そしていつのまにか私は・・・


人の気持ちなんて、人生なんて、何が起こるかわからないんだ。






だけどそれももうじき終る
この山を越えたら、私の目指す場所はすぐなのだ。











そんな私の気持ちを知ってか知らずか、相変らず空を見上げたままのムゲンがポツリと言う。


「あんな小さな虫にまで 好かれんだな」

「ん?」


その意味がわからなくて、ムゲンの顔を見ると、彼もまた私をじっと見つめる。



「あんな虫、否、誰にも負けねぇぜ?」


「・・・何が?」





「俺だってお前に・・・ 」


言いかけていた台詞はそこで途切れてしまう。
次の台詞を待っていたのに、ムゲンは何でもねぇよと呟いた。
私は何の言葉を返すこともできなかった。
ムゲンは自分の言った台詞を忘れてしまったように、両手を枕に空を見上げている。

空は静かに優しい

私はさっきのムゲンの言葉が 自分の望みだおりだったらいいのにと
祈るような気持ちで 何度も頭の中で繰り返していた。

























さーん、さーん」


遠くでフウちゃんの呼ぶ声がして、チッと舌打ちをするムゲン。

「あ、探してるみたい。もう戻ろう?」

草むらからサッと立ち上がると同時に グイと力強く腕を引かれた。

「待てよ」


途端に私の手のひらは、大きなムゲンの手にさらわれる。
少し驚いてムゲンを見上げると、彼も私を見つめた。けれど、特に何も言わない。



触れた手のひらからしっかりと伝わってくる温もりを感じる。
そして私も自分の手に、ぎゅっと力を込めた。

この手と手が、離れることがないようにと。










キミを繋ぐ手














濃い緑の中に赤白黄色、無数の野の花が咲いている。
私たちは出来る限りゆっくりと 二人の元へと歩いた。