煩いほどの蝉の声

窓を開け放った部屋の中は 外の音も筒抜けだ












ウタタネ















「すごい・・・ 蝉の大合唱だね」


「そうっスねぇ」



せっかく二人きりなのに、喜助さんはお仕事中

私は部屋の真ん中で、さっきからずっと待ちぼうけだ

まぁ連絡もせず突然やって来たんだから、仕方ない

それにしても蝉たちは 休む間もなく頑張っている




「ね、うるさくない?」


「いーえ。 窓、閉めましょうか?」


「ううん。このままがいい」


喜助さんは私の返事にふっと笑うと また筆を取った

私はテーブルの上で頬杖をついたまま

視線を喜助さんから外へと移す








薄水色の空  夏よりも柔らかい太陽の光

風はひんやりと涼しくて 心地良く乾いてる

ただそれだけなのに なんだか幸せな気持ち

私の頬を撫でていく風に キスでもしたい気分だ





「気持ちいい風〜」


「最近急に涼しくなりましたね」


「そうそう、ついこの間まで寝苦しかったのに」



「もう夏も終わりッスねぇ」


喜助さんも外を見る。 まだ青々とした緑と 相変らずの蝉の声




「蝉は気付いてないのかなぁ・・・」



「きっと夏が名残惜しいんでしょ」



喜助さんはチラッとこちらを見ると、今度はニッコリと笑った

そして机に視線を戻す。まだ終わらないのかな




「何書いてるの?」


「ん?帳簿っすよ」


「うそ」


電卓も算盤もないじゃない。誰かに手紙を書いてるのかな

そう思ったらちょっとムッとして、私はわざとに我が儘を言う



「見てもいい?」


「いいっすよ。けど、面白いモンじゃあ無いっすよ?」


すんなり了解されたことに、なんだか拍子抜けして


「やっぱりいいや」と、 言った先から欠伸が出てしまった


ついでに「うぅーん」と大きく伸びなんてして、そのまま机に突っ伏した



相変らず視線は外













サン? 退屈しちゃいましたかねぇ」



「うん、眠くなった」



私はとんだ我が儘娘だ

そして喜助さんはまた笑う





「もう少しだから 待ってて下さいな」




「おかまいなく〜」



そのままの格好で 顔も上げずにゆっくりと呟く

気持ちが良すぎて 瞼が重い

このまま喜助さんの傍で眠ったら

なんだか素敵な夢でも見られそうだ





顔を外に向けたまま、机にぴったりと頬をつけ

この柔らかな空気に身を委ねれば

万華鏡のように鮮やかで キラキラとした光が


瞼の奥で私を誘う





うつらうつらとしてるうち、左の耳が微かに喜助さんの動く音をキャッチした





近付いて来た喜助さんは 私の隣にそっと座って

その大きな手のひらで 私の頭を撫でながら


「おやおや、お姫様はおねむッスか?」と


そして小さな音を立てて 私の髪にキスをした







「ゆっくりおやすみ。・・ アタシの可愛いサン」





机に突っ伏したそのままの格好で 今度は私がうふふと笑った 



ねぇ、喜助さん知ってた?

お姫様はね、王子様のキスで目を覚ますって決まってるんだよ






うっすらとした意識の中で

今度こそは唇がいいなぁ、なんて思いながら

蝉の声に隠れるぐらいの小さな声で 「好き」と一言呟いた 



何もしないで傍にいる こんな時間すら愛おしい


耳には賑やかな子守唄、目には喜助さんの横顔を 


そして私はゆっくりと 幸せのうちに目を閉じた


















煩いほどの蝉の声


もうそこまで秋が来ている