家に着いたら
階段を駆け上がって、自分の部屋のドアを開けると
鞄は放り投げ、ベッドにドサッと倒れこんだ
時計の針は10時を過ぎてる
もう、あの会社・・・年頃の女の子をこんなに遅くまで働かせるなんて
チラッとそんな思いが顔を覗かせたけど、こんな時間になったのは
先月の人事移動で、新しい部署での仕事に未だ慣れない私のせい
その要領の悪さに、自分でも苛々していたりして
最近、ゆっくりと自炊もできてないなぁ
ため息をついて、目の前にある小さなテーブルの上のコンビニ弁当を眺めた
まずは、お風呂、それからご飯 そして・・・寝よう
ぼけっとお風呂に浸かると、ふぅと大きなため息をついた
静かな空間が気持ちよくて、一人になれた事にほっとする
瞼は自然に塞がって、湯船の中でうとうととしていると
しばらくしてその空気は破られた
------ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ -------
英二専用の着信音だ
こんなことならもっと静かな曲にすれば良かったと、今更後悔する
少し焦らされて、バスタオル一枚の私の機嫌は少し悪い
はいはいはい・・・・ってば
私はしぶしぶと携帯を開いた
「〜っ!おっそいぞー!」
いきなりの大きな英二の声に、思わず電話を遠ざけた
「ね!明日は休みじゃん?どっか行こ」
「・・・・ごめん、パス」
「ぶー!つまんないの。最近いっつもパスじゃん」
今日は英二の声が、やけに耳につく
「ごめん。疲れてんの」
「英二くんの誘いも断るぐらい?」
「マジで究極に疲れてるから!」
しまった、ついキツイ口調・・・・
「なに、カリカリしてんのさぁ」
「あ、ごめ・・あのさ、うちに来る? 何も出来ないけど」
「何も出来ないって、エッチも?」
「ばか・・・・」
「でも最近 部屋の中ばっかで、デートらしいデート、してないじゃん」
「いや、だから・・」
「ん〜 つまんない」
なんかムカつく
「何よそれ、私は仕事で疲れてるの。休ませてやろうとか思わないの?」
「俺だって学校行ってるよ。でも、せっかくの休みなんだし」
「学校と会社はぜんぜん違うんです!学生と一緒にしないでよね」
「悪かったな、どうせ俺は年下のガキですよ」
「もう、誘ってやんない」
プツンと響く電話の音が 耳の中でこだまする
バカ英二・・・・
あぁ 年下の可愛い彼氏も、こういう時って煩いなって思う
これが年上の社会人の彼氏だったら
私の気持ちもわかってくれるのかなぁ
なんて
何考えてるんだろ・・・・
英二は悪くないのに
ただ、素直にデートしたいって言ってるだけなのに
なんか最低だな、私って
英二に嫌われるのを こんなに恐れてるくせに
でも今更・・・電話を掛け直す元気も無いし
そう思いながら布団に顔をうずめると
私は自己嫌悪を抱いたまま あっという間に眠りに堕ちていた
瞼の上に明るい日差しを感じながら
白い部屋をなんとなく眺め ズルズルと毛布を引っ張り上げて
私は働いていない頭で、昨日の事を思い出していた
英二・・・怒ってるよねぇ
電話、しよっかなぁ・・・
ん?
ドアの方からガチャガチャと音がする
あ、英二?
昨日の電話を思い出すと肩が竦んだけど
うちに来たってことは、どうやら諦めたかな?
私は体を半分起して、ベッドの中から声をかけた
「英二〜?」
「うん。、起きてる?」
ドアが開いて締まる音がしたかと思うと ドカドカと歩いてくる音がする
英二のことだから、布団に潜り込んでくるのかと思いきや
バサッと私の毛布を剥ぎ取って
「起っきろー! 〜!」
は? へ?
「どしたの英二?」
無視された・・・
英二は時計をチラッとみて ”よし”と一声
「制限時間は 20分だかんね!」
さ、早く顔洗って 着替えて!ほらほらと背中を押されて
私は洗面所に連行される
わけもわからないままに とにかく焦らされ
「20分で用意なんて無理! お化粧もしてないのにー!」
私の訴えは完全に無視だ
ベッドの上にはご丁寧に、着替えまでもが用意してある
「ほい、これ着て。ほい、バッグはこれでいいかな?」
何もかも英二のペースで、ちょっと悔しい
勘弁してよ・・・そんな台詞は
英二の顔を見たら言えなくなってた
だって英二の目はキッとつり上がってて
こんな目をしてる時は 英二は絶対譲ってはくれないんだもん
行く先を告げられる事無く、部屋を出て
言われるがままに着いて行き ふと見上げるとそこは
来月には無くなるって噂の、古い建物
私が連れて来られたのは そんな小さな水族館だった
ここなら、体力使わなくても遊べるっしょ?
それに、人が少ないからゆっくりできるし!
英二はにっこりと笑うと さっさと入場料を払って先を歩いて行く
文句の一つでも言ってやろうと、私は早足で追いかけた
だけど
目の前に広がった大きな水槽の前で
ふと足が止まる
水の青
静かな空間
しなやかに泳ぐ魚たち
こんなに狭い水槽の中でも
ゆったりと自然に体を揺らして
ガラス一枚隔てた向うに
見える透明な世界
振り返った英二が「綺麗・・・だね」何て言うから
思わず うん・・・と笑顔で返事した
「来て、良かったっしょ?」
満足そうな英二の顔に、私まで小さく微笑む
あれ?
私、英二に何を言おうと粋がっていたんだっけ?
いつのまにか立ち止まって、二人して水槽を眺めていた
「癒されるって感じ」
「そだね」
ただ何となく 青い色と泳ぐ魚に目を奪われて
私の心は軽く軽く 浮いていくような気がして
すっかりと気持ちも解れてきてた
「少しは気分楽になった?」
そう言って 英二は笑って、私の頭をくしゃっと撫でた
その手はなんだかあったかくて、自然と顔が緩む
そして私の胸の奥では 小さくきゅんと音がする
自然と手と手は繋がってた
暫くそうして色んな水槽を見て回っていると
「ね、」
英二がこっそりと耳元で囁いた
「ん?」
「さっきね、俺、いいとこ見つけたんだよね」
英二の顔はいたずらっ子のように 輝いて
ほらほらこっち・・・嬉しそうに私の手を引っぱっていく
メインの順路を離れて 少し薄暗い狭い通路で
私は首を傾げる余裕も無いまま
腰に回された英二の手に ぐいと引き寄せられた
私の体は既に 英二の胸に すっぽりと包まれていて
英二の胸の音が 大きく鼓膜に響いてる
狭い通路でピッタリと体をくっつけて
あ・・・英二?
ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられたら
胸が苦しいよ
英二は黙ってる
しばらく抱きしめられたかと思うと今度は急に
後の壁に押しやられて 英二の唇が私のそれに触れた
甘くてふんわりとした感触とは裏腹に、ぞくりと胸が疼く
唇を少し離すたびに英二が
「・・・大好き」
そしてまた唇をのせて 離して
「大好き」 なんて囁くから
自分の足が震えているのがわかって、恥ずかしい
キスなんてもう何度も経験してきたのに
この胸のトキメキは 何だろう
遠くで子供の声がして 私たちはゆっくりと離れた
まだぼうっとしてる私に 一周したら帰ろうかなんて
遊び好きの英二らしくない台詞
「え? いいの?」
「あんまり歩き回ると疲れるっしょ?帰ってから頑張る元気は
残してて欲しいんだよにゃ」
「何を頑張るってぇ?」
「へへっ、わかってるくせにー」
にっこりと笑うあなたの顔には かないっこないよ
作戦なのか天然なのか 私にはわからないけれど
いつもそうやって、今私に必要なことを
さらっとやってのけるんだ
「・・・ね、英二。早く帰りたくなって来た、かも」
「んじゃ、帰ろっか」
えへへ 目と目を合わせて 笑い合う
私たちは手を繋いで 早々に水族館を後にした
バスに揺られながら ピンク色に染まる街を眺めて
いつもより遅く感じるバスのスピードに
二人で文句を言いながら くっついて
早く帰りたいね、耳元で囁く英二の声が嬉しい
チラッと見る英二の横顔に 胸が一杯になってくる
やっぱり私 英二が大好きだ
いつでも私を助けてくれるのは 英二なのに
年下だって、馬鹿にしてごめん
ちょっぴり強引だけど、いつも明るくて
私を隅々まで照らしてくれる その笑顔
私にとっての王子様は いつだって英二なんだよね
いっぱいいっぱいキスがしたいな
家に着いたら 私から
ありがとう
そう言ってキスをしよう
END