晴天の夜などには、素晴らしく綺麗な星空が見えるこの村も
今夜ばかりは星の一つも見え無かった。
空は黒い闇に包まれて どんよりと重い空気が漂っている。
もうじき雨が降りそうだ。こんな夜は胸が騒ぐ
そして殿・・・
貴女に会いたくなる。
静かに戸を開けると 静寂と雨の匂いが私を包んだ。
こんな雨の、しかも夜更けだ。見回してみても村人の姿は一人も無く
普段から昼間の仕事で疲れている仲間達も 既に寝入っていた。
空には稲光が輝いて、不気味な音が鳴り響く。
そして私は引き寄せられるように、目的の家を目指して歩いた。
部屋の端に設けられた小さな窓。 漏れる灯りが私の心まで照らす。
あぁ、もうじき貴女に会える … そう思うと途端に胸が熱くなった。
無言で扉を叩くとその奥から彼女の声が聞こえた。
窓から顔を覗かせ、私を確認した貴女が戸口に急ぐ音は 何だか可愛らしい。
「ヘイハチ様・・」
「すみません。こんな夜更けに」
驚いたような顔を少し見せたものの、彼女はすぐに優しく微笑んだ。
「いいえ、如何されたのです?」
こんな夜にいきなり尋ねて来たのだ。彼女が驚くのも無理は無い。
そして私は用意していた言葉を口にする。
「殿が怖がっているのではないかと思いまして・・」
もっともな言い訳だ。 今夜は雷がひどい。
雷を怖がらない女性はいないだろう。しかも彼女は一人なのだ。
「心配して来て下さったのですか・・」
「はい。夜分に失礼かとは思ったんですが・・・」
「いいえ。本当に・・・酷い雷ですね」
窓の方を見つめる殿の横顔は、煌いた光に照らされてとても美しかった。
そして視線を私に戻すと少し はにかむようにして
どうぞ・・と扉を広く開け、私を中へと通してくれた。
促されるままに火の傍に座り、少し濡れた上着は火の傍に脱いで置く。
夜中の突然の来訪者に文句も言わず、彼女の瞳は相変らず優しい。
そう広くも無い部屋の奥に視線をやれば、既に敷かれた蒲団に目が留まった。
薄暗い灯に照らされた部屋で 寝る手前だったらしい薄着の殿の
胸元から覗く白い肌が やけに眩しく私の目に映る。
夜更けの薄暗い部屋に 男と二人。
彼女は緊張しているのか、いつものように気安く言葉が出てこない。
そして私も頭の中では ただ一つの思いが占領していた。
「あの・・・」 口を開いたのは彼女
「心配してくれたなんて、嬉しいです」
「あの音は、人を不安にさせますからね」
「ヘイハチ様も、雷はお嫌いですか?」
「はい、正直好きではありませんね」
「雷というか・・・・こんな重い夜は色々と思い出してしまって・・」
くすと笑いかけた殿の表情が 少し曇った。
「すみません。私は何も存じなくて」
「いえ、余計なことを言ってすみません。せっかく殿とこうして居られるのに」
またもや訪れる沈黙
火がパチパチと音を立てるのがやけに響いていた。
お茶のおかわりを煎れようと 伸ばした殿の手。
その腕を取り、瞳を見つめれば 簡単に染まる頬。
瞳を捕らえたまま、彼女の髪を撫でて 細い肩を引き寄せ
その体を そっとそっと抱しめた。
「ヘイハチ様・・・」
途端に硬くなる殿の様子には 気付かないフリをする。
「殿・・・」
「はい」
「実を言うと私は・・・」
「・・・はい?」
「会いたかったのです。 貴女に」
「・・・・」
「上着が乾くまで、ここに居てもいいでしょうか?」
覚悟をしたように、無言で首を縦に振る殿。
抱しめた彼女の体から力が抜けていくのが 手に取るようにわかり
私はもう一度 強く彼女を抱しめた。
殿、貴女は優しいのですね。
私の弱さに気付きながら、それでも気付かぬふりをしてくれる。
私を慰めようと 自分さえも差し出して
私はずるい男です。
殿が 私を拒むはずは無いと知っていて・・こんな
やりきれない思いを 自分を責める声を
こうやって貴女を抱く事で 誤魔化そうとしている。
静かに着物を捲くり 手を入れると微かに震えるその体。
うっすらと涙を浮かべる殿の瞳を 唇でふき取ると口付けを落とし
そのまま殿の上へ やんわりと体重を移動させた。
甘い吐息 柔らかい肌 眩暈がするほどに愛おしい。
「・・・ぅん・・・」
鼓膜に響くその声に 思わず気が狂いそうになる。
この優しい海の中で いっそ溺れてしまいたい。
貴女の声は全てを覆い隠して 私を包んでくれるから
私はこうして貴女に溺れるのです。
けれど、貴女を求める気持ちは、愛しく思う気持ちは 本当なのです。
これが愛じゃないと 誰が言えるのでしょう。
だからどうか 傷ついたりしないで下さい。
優しい海の中へ
それでも貴女は 私を愛してくれますか?