こんなにも雨を愛しく感じるのは


きっとあの日のことを思い出すから











優しい雨


















「雨、降り出しましたねぇ」



耳元で聞こえる喜助さんの声に、頷くだけで返事をし

優しく大地に染み込んでいく雨に 二人静かに見入っていた。


ぽつり  ぽつり 

落ちてくる水滴に、外の草木の緑はより鮮やかな色に変わっていく。

夏の終わりにしては珍しく しとしとと柔らかな雨が降っていた。


















私はあの日、急に振り出した雨の中を小走りに家路へ向かっていた。

やっぱり傘を持ってくるんだったと後悔しつつ、一向に止まない雨に

ふと目に入った見かけない商店の軒下で、雨を凌いで居た時のこと


激しい雨ではないが、止みそうにもない気配に空を軽く睨み、ため息をついたその時


ガラガラッと後の戸が開き、中から妙な格好をした男の人が現れた。





「しばらく、止みそうに無いッスよ。良かったら中にどうぞ」


それはあまりにも突然で、驚きはしたものの

その人の優しい声と、吸い込まれそうなその瞳に

心臓はドキンと脈を打ち

初対面だというのに何の躊躇もなく、私は促されるままに店の中へと入った。





静まり返る店の中は 決して流行ってはいない雰囲気が漂い

人気の無いせいか、少し現実離れしたその場所を物珍しげに見回した。




「おや、結構濡れてるじゃないッスか。ちょっと待ってて下さい」



彼は奥の部屋からタオルを持って来てくれ

私は遠慮なく受け取るとお礼を言い、濡れたところを拭きながらも

注がれる彼の視線を気にしていた。



だって、帽子の下に隠れた彼の顔が、意外にもカッコよくて

物腰の柔らかさには大人の余裕さえ感じ

自分のなんてこと無い行動が、やけに照れくさく感じたから





「すみません、初対面なのに、こんなに親切にして下さって」


「いーえ、綺麗なお嬢さんには特別サービスするのが、ポリシーでして」


「はぁ・・・」


「いえいえ冗談です。アタシはあなたを知ってますから」






そう言われて頭の中で記憶を探ってみたのだが、どうしても思い出せない

そんな私の姿を見て 彼は微笑みながら呟いた。。


「あなたはいつも忙しそうに 小走りで通り過ぎちゃいますもんねぇ」




あぁ、そうかも知れない



何だかいつも時間に追われ、回りの景色をゆっくりと見て歩くなんて最近無かったから


もしかしたら知らぬ間に 見逃しているものは、案外沢山あるのかも知れない。




「そういえば、こんな所にお店があること、知りませんでした」





「・ ・ ・ 雨のおかげッスね」














商店のガラス越しに見える外では、相変らずしとしとと


静かな音を立てながら 透明な雫たちが踊っている


さっきまでの慌しい日常も、遠い昔の出来事にさえ感じるような


温かな静寂が私を包む





「たまにはゆっくりと、ただ雨を見ているのもいいもんでしょ?」



「そうですね、何だかほっとします」




彼は満足そうに微笑んで、視線を外に向け



「雨は優しいッスね。アタシの心まで潤してくれる」



そして再び私に視線を向けた。





辺りが静かなだけに、速まりだした心臓の音が 彼にまで聞こえるんじゃないかと

私は内心焦っていた。






「いつも見ていましたよ。あなたのことは」


気のせいか彼から感じる熱い視線に

私の体は金縛りにでもあったように、返事すら出来ない






「アタシは喜助っていいます。あなたは?」


「あ・・・です。です。」



サン、 また、来てくれますか?」


曖昧な返事をして、止めようのないトキメキに逃げるように視線を外す 











どれくらい経ったのだろう

葉末に光る雨粒が、きらり 

薄く照らし出した太陽の光に反射して輝いた















「大切なものを見逃さないように・・・アタシは何時でもここで待ってますよ」


最後に喜助さんの言った台詞が、やけに鮮明に頭の中を占領していた。














それからというもの

心の中から彼の顔と声が忘れられず

何をしていても思い出すのは彼のこと

どうしてももう一度あの人に



喜助さんに逢いたい



私は仕事帰り、毎日その商店を探して歩いた。

だけど何度通ってみても結局 見つけることはできなかった。







もう会えないのかしら・・・・



やっぱりあれはただの幻だったのかしら



私の心が何処へ向えばいいのか、少しわかった気がするのに







半ば泣きそうになりながら、戻ろうとしていた時だった。



うっすらと蜃気楼のように「浦原商店」と書いた看板が目に飛び込んできたのだ。












逃してはいけない、と、駆け足で店の前に行き

高鳴る心臓と抑えきれない嬉しさに少し勢いよく戸を開けると

そこにはあの時のままの彼がいて




サン、また会えましたね」


とっても優しく微笑むから、思わず涙が零れそうになった。





「こんにちは、喜助さん」




------------ 毎日、貴方を探していました




そう喉まで出掛かったけど、まずは先日のお礼を言い

私は此処へ来た理由を探すように、店の中を見回した。







「さて、サンの気に入るような物がありますかねぇ」


「え、えぇ。私 駄菓子とか大好きで・・」


「そうッスか。それは良かった」













彼が近づいて来る



手を伸ばせば触れる距離


瞬時にあの時の甘いトキメキが蘇る



「でもあなたに一番求めてもらいたいものは・・・」




手を取られ 間近に近づいた彼の顔と声に

私の意識は 瞬間 ふわりと何かに包まれた 

まるで瞬時に魔法にかけられたように














さん、アタシと恋愛しませんか?」
























こんな雨の日はふと思い出す

優しい雨が導いてくれた あなたとの出逢いを

抱きしめられる腕をそっと握り返して

愛しい彼の顔を下から覗き込むようにして見上げれば

私に注がれるのは優しくて熱い瞳




「そういえば、こんな雨の日でしたっけ」



「うん」


「アタシとが出会ったのは」
















しめやかに響くのは 雨の音







大切なものは今ここに





私を包むこの腕と








囁かれ紡がれるのは








変わらない 愛の言葉























3万打感謝リクエストで書かせていただきました。