今日の商店はいつもより賑やかな音に包まれていた。

雑巾を片手に廊下を走る雨ちゃん、店の外ではジン太君の元気な声。

台所ではテッサイさんの包丁が、見事なリズムを刻んでる。

嬉しさが溢れる商店の中を、私もエプロンの紐をギュッと結び

パタパタと心踊らせて廊下を急いだ。









夢より素敵なこの一瞬














私たちの声が煩かったのか、いい匂いに誘われたのか

居間を横切ると、いつの間にか炬燵にちょこんと座っている喜助さんを発見した。



「喜助さん、おはよー」

「おふぁよ、 サン」


喜助さんは重そうな瞼のまま、私に向かってちょいちょいと手招きをする。



「ん? なぁに?」

「王子様に目覚めのキスを・・・・」


誰が王子様? なんて突っ込みはしないけど、私はその場で「後でね」と言った。

だって、喜助さんの近くに寄って行ったら、すぐに捕まっちゃうことは必至だもの。

ジン太くんが私を呼ぶ声に重なって、呟いた喜助さんの声はハッキリは聞こえなかったけど

きっと  サンのけち、とか言ったに違いない。尖らせた唇がその証拠。



「喜助さんは、そこでゆっくりしててね」

「・・はぁい」


私は彼にお茶でも出してあげようと台所へと向きを変える。

と、後ろから ふわぁと喜助さんの欠伸をする声がして、バレないようにうふふと笑った。

寝癖のついた髪も なんかちょっと可愛いな。発見!









買い出しに行ったり、片付けをしたり、喜助さんを炬燵から追い出したり

遊んでるジン太くんを引っ張って来たり、平和な時間はあっという間に過ぎ夜になった。

テーブルの上には、テッサイさん作のご馳走と、私の怪しい手料理が並ぶ。

こんな風にお膳立てされては、さすがの喜助さんも落ち着かないのか

さっきから部屋の中をウロウロと 子供みたいにソワソワしちゃって

みんなが言うであろう言葉に、今から構えている様子だ。


面と向かって座ると、変な緊張感に部屋は一瞬の沈黙が流れた。

だけど、テッサイさんの目配せを受けて私が一番に声を上げる。



「喜助さん!お誕生日おめでとう」


「おめでとう御座います。店長」
「オ・メ・デ・トォーー!!」
「おめでとうございます・・キスケさん」

途端に湧き上がるお祝いの言葉



喜助さんときたら、どうもどうも〜なんて扇子で顔をパタパタと扇いで

よほど照れくさかったんだろう。

いつもはカッコイイ喜助さんが、今日はなんだか可愛くてしかたない。


美味しい食事、楽しいお喋り、笑い声に包まれる部屋。

喜助さん、みんなが貴方の誕生日を祝ってるんだよ。

みんな喜助さんが大好きなんだよ。

私はなんだか嬉しい気持ちでいっぱいで、ずっと浮かれっぱなしだった。


暫くして食事もひと通り終った頃

私は高鳴る胸を抑えつつ、持ってきた袋をそろそろと、喜助さんの前に差し出した。

中には白いマフラーと白い毛糸の靴下が入ってる。

喜助さんは中を見て「わ」と一声 



サンのお手製っすね。凄いな、よく出来てる」

「頑張りましたから」

「ありがとう・・・」



言いながらもすぐに巻いて見せてくれるところは、さすが喜助さんだ。

その間中嬉しそうに微笑む顔に 愛しさが込み上げる。

思わず抱きつきたくなる気持ちは、ぐっと我慢。



「あったかいっすねぇ〜」


殿の愛が詰っておりますゆえ」

「ちゃんとしとけよー。また風邪ひいて、所構わずくしゃみなんてされちゃ困るしー」

「キスケさん・・・すごく、似合ってます」


喜助さんはやっぱり扇子を仰ぎながら

「そうっすかぁ? まぁ、モデルがいいッスからね」なんて

本当は照れ隠しだなんて、みんなわかってるのにね!



そしてすかさずジン太くんが、残りの一つを手に持って言った。

「店長、コレ忘れてるぜー」

「えぇーここで履くんっすか?」

「店長。 殿の愛を無駄にするおつもりですか?」

「そうだよ、喜助さん。履いて」



喜助さんは渋々と白い毛糸の靴下を履いて見せてくれた。

その姿にみんなが大爆笑したのは、伏せておこう。

























時計の針は12時10分前

楽しかった誕生日が終わろうとしている。

その場で寝てしまった雨ちゃんとジン太くんに毛布を掛けていると

「んじゃ、テッサイ後はヨロシク」

と言うなり喜助さんはヨイショと立ち上がり、私の腕を取ってにこっと笑った。

「どうぞ、ごゆっくり」テッサイさんの優しい声に、何だか申し訳ない気がして振り向くと 

テッサイさんは満面の笑みで 親指をグッと立てる。

私はよくわけのわからないままに、腰の辺りで親指を同じようにグッと立てた。









ガラガラと扉を開けると冷たい風が吹き抜けた。

部屋の中と違い外は当然の様に寒い。



「うわ、寒っ」

「マフラー 貸そうか?」

ううん、と言いながら私はここぞとばかりに 自分の鞄からマフラーを取り出す。

喜助さんと同じ白いマフラーだ。



「じゃじゃーん」

「あ、お揃い・・隠してたんッスか」

「だって・・恥ずかしいもん」

「ははっ・・今さら」


えへへと照れ笑いをすれば、喜助さんは私の腰に手を回し、ぎゅうと引き寄せる。

お揃いのマフラーを同じように首に巻いて 腕を組んで歩く。

寒いのは苦手だけど、こうして寄り添えるんだから冬もいいかな

どこからか聞こえてくる除夜の鐘に二人して耳を澄ませた。



「今年も終っちゃいますね」

「うん」



そう返事をしながら、今年一年を少しだけ振り返る。

喧嘩をしたり、ヤキモチを妬いたり、笑い合ったり、愛し合ったり

思えば私の毎日は、喜助さんへの想いでいっぱいだ。





「今日が喜助さんの誕生日で良かった」

「どうして?」

「いつもより、長く一緒にいられるから」


「そういえば・・・ サンとこんなに長い時間一緒に過ごせたのは、初めてっすね」

「そうだね」


「こんな思いを味わってしまったら・・・

   もう、いつもの様じゃ物足りなく感じてしまうんでしょうねぇ」





喜助さんの言っている意味はよくわかる。

凄く楽しかった後は特に、別れが凄く寂しいもの。


「そう・・・だね」


やだなぁ喜助さんたら、そんなしんみりしたこと言わないでよ。

せっかくの楽しい時間に終わりが見えちゃうじゃない。

そうだ、今日は特別だから、思い切って言ってしまってもいいだろうか

私はごくりと唾を飲み込んで、喜助さんに聞こえるように呟いた。




「初詣終ったら・・・うちに泊まる?」


心臓はドキドキしてる

喜助さんとそーいう関係は一応あるけど、自分から誘うのは初めてだ。

チラリと隣を見上げると、一瞬驚いたような顔をした喜助さんは

ニッコリと笑った。うわ、凄く恥ずかしい。



「それもいい。 けど、もっと良い提案があるんですけど・・・・」


「・・ん?」






「いっそのこと、うちで暮らしませんか?」


・・・・え?






「実はね、みんなにも既に話してる」





ふと、テッサイさんの親指を立てた仕草を思い出す。

今日は喜助さんの誕生日だったわけで、私の誕生日じゃないよね?

なんて頭の中で確認したりして、固まった体とは逆に頭の中だけが忙しい。





「モチロン・・・同居人として、じゃなく。 
           アタシの奥さんとしてね」









馬鹿みたいにぽかんと開けたままの私の口に

冷たい雪が飛び込んで たちまち溶けた。








まだ返事もしないうちに 喜助さんは凄く優しく笑う。

その笑顔の素敵なことと言ったら!


サン」


私の名前を呼ぶその声も


「これからもずーっと、ヨロシクね」


にっこりと微笑むその顔も


「ありゃ、泣かせちゃった?」


知らずにこぼれた涙を拭ってくれる その指も

喜助さんの仕草一つ一つに 胸がじんじんと熱くなる。

体も心も脳ミソまでも 嬉しくて躍りだしそうだ。


夢に描いていたよりも遙かに嬉しい現実に

笑いたいのか、泣きたいのか、自分でもわけがわからなくて

嬉しくて死にそう・・・そんな馬鹿な事を言った。


「今から奥さんになる人に、死なれちゃ困りますねぇ」


喜助さんが笑うその声は、私の耳の奥へと響いて

この幸せが現実だと教えてくれる。



いつのまにか私の頭に積もりかけた雪を

喜助さんは手で払って 自分の帽子を私に被せてくれたけど

それは私には少し大きくて、目の辺りまですっぽりと隠れてしまった。

そんなことに二人して笑って、また腕を組んで私たちは歩き出した。
















幸せで 幸せで どうしよう!
















<*capriccio*2006喜助生誕祭> 出品作  from美美 

 title 恋花